施設に宿る物語
何もない場所からの出発と、奇異の目を跳ね返した両親の情熱
昭和30年、徳島県にある世界三大奇勝の一つ「阿波の土柱(どちゅう)」のふもと。当時、電気も水道もなく、獣道(けものみち)と呼ばれるほど草木に覆われた場所に、一組の夫婦が小さな家を建てました。当初、周囲からは「なぜこんな場所に?」と奇異の目で見られましたが、夫婦は土柱を訪れる人々に向け、冷やしたラムネやパン、そして手作りの「土柱せんべい」を売りながら生計を立て、商売の基盤を懸命に築いていきました。
それが、「土柱ランド」の原点です。昭和45年にはドライブインを開業し、その後、宴会場、宿泊施設と規模を拡大。1984年には、父親の長年の夢であった「ラドン温泉」を開業するに至りました。増改築を繰り返しながら発展してきた館内は、四階建ての複雑な構造をしており、今の画一的なホテルにはない「迷路のような面白さ」が、訪れる旅人の好奇心を刺激します。
館内見取り図
かつては団体客や修学旅行生で大いに賑わったこの場所も、時代とともに旅のスタイルが変わり、周辺の観光施設が閉鎖されてシャッター街化するなど、大きな環境の変化に直面しています。しかし、その中にあっても土柱ランドは、創業当時から変わらない「家族の絆」と「おもてなしの心」で、お遍路さんや世界中からの旅人を温かく迎え入れ続けています。
お客さんの目を見ると、何を望んでいるかが分かるんです。声をかけ、寄り添うことで、皆さんが自分の思いをお話ししてくださる。言葉が通じなくても、片言でも、声がけをして笑顔を引き出すことが一番のおもてなしです。
女将の想いと哲学
内向的だった少女が女将になるまで——絶望を乗り越え培った商いの心
私は子どもの頃、とても内向的でおとなしい性格でした。両親が懸命に商売を広げていく中で、小学生の時から家業を手伝うのは当たり前の環境で育ちました。中学生の時、親戚との会話の中で「百合ちゃんにはずっと店をやってもらう」と聞かされた時のことは今でも忘れられません。「私にはここしかないのか」と、正直なところ絶望感でいっぱいになりました。コミュニケーションをとるのも苦手で、当時は強い劣等感を抱えていました。
着任して驚いたのは、遍路宿ならではの強烈な「善意」の文化です。例えば、お遍路さんが天候などで当日に来られなくなっても、キャンセル料を一切いただいていなかったのです。
巡礼者を応援したいという気持ちは尊いものですが、それでは宿として存続していくことができません。
私は宿泊約款やキャンセルポリシーをしっかりと整備し、まずは「持続可能な宿泊施設」としての土台を固めました。
しかし、それは決してサービスを冷たくビジネスライクにするということではありません。
むしろ、安定した基盤があるからこそ、お客様一人ひとりに深く寄り添うことができるのです。
私はスタッフに「丁寧な接客と、三陽荘らしい『親切』は違う」と伝えています。
地元の言葉である土佐弁を交えても構わない。
大切なのは、お客様が本当に求めていることを察知し、自分たちで考えて行動することです。
リニューアルされたフロントでお客様をお迎えします。
女将として宿を切り盛りするようになったのは30代になってからです。長年、両親の背中を見て育ち、バブルの賑わいから今の時代まで、すべてを肌で感じてきました。時代は変わり、周囲の店舗がシャッターを下ろすなど、観光地としての課題は山積しています。私は行政に足を運び、この土柱の周辺環境を良くしようと掛け合ったりもしています。この土地が100万年前から持つ「土柱」という素晴らしい自然の価値を、よそから来られる方の反応を見るたびに再確認し、これを大事に守り、伝えていかなければならないという使命感を強く持っています。
守り続ける「食」と「湯」、そして寄り添う心
「できたて」へのこだわりと、自然に溶け込むラドン温泉
当館が特に大切にしているのは、旅の疲れを癒やす「お食事」と「温泉」です。
お食事は、3年前から帰ってきてくれた息子たち(料理長と若女将)が担当しています。以前のような団体向けの事前準備ではなく、お客様のペースに合わせて「できたて、焼きたて」をすぐにお出しするスタイルに変えました。徳島の特産である阿波牛や地元の旬の食材をふんだんに使い、地産地消にこだわったお料理を提供しています。お食事をお出しする際には、私から直接、地元の食材のご説明をしながら、お客様との会話を楽しませていただいています。
名物たらいうどんをはじめ、阿波牛、近海鯛(鳴門鯛)、山くじらなど、徳島・阿波の味覚をふんだんにあしらったお料理
そして、父親の夢であったラドン温泉。自然界の微量なラドン成分を含む天然泉。新陳代謝を促し、健康維持を助ける伝統的な入浴法として古くから親しまれています。穏やかな刺激が心身をリフレッシュさせる、日本独自の癒やし体験。安全な微量成分による格別な温まりと、心安らぐひとときをお楽しみいただけます。なんといっても一番の魅力は、露天風呂から望む景色です。塀に囲まれた街中の露天風呂とは違い、当館のお風呂からは日本庭園とともに、雄大な自然の緑が全方位に見渡せる、まさに心身が解放される空間です。
開放感のある外湯では、四季折々の顔を見せる庭園を望みながら入浴をお楽しみ頂けます。
また、昔からお遍路さんなど、長旅で疲れた方にお出ししているのが「すだち茶」です。徳島特産のすだちの皮と昆布茶を合わせたもので、たっぷりの熱いお湯で飲んでいただくと、柑橘系の香りと適度な塩分が体に染み渡ります。先日も、88番札所の大窪寺から歩いてこられた70代のお遍路さんが「最高に美味しい」と喜んでくださいました。こうした小さな心遣いが、旅の活力になればと願っています。
宿のご紹介
世界三大奇勝「土柱」のふもとに佇む、心安らぐ宿 "土柱ランド新温泉"
土柱ランド新温泉は、アメリカのロッキー山脈、イタリアのチロル地方の土柱と並んで「世界三大奇勝」と称されている阿波の土柱のすぐそばに佇む宿泊・温泉施設です。昭和から増改築を重ねた4階建ての館内は、どこか懐かしく、迷路を探検するような面白さがあります。湯治温泉とサウナ、そして地産地消のお料理で、旅の疲れを心ゆくまで癒してください。
阿波の土柱は高さ13m、南北90m、東西50mもの巨大な土の群立で、1934年5月1日に国の天然記念物に指定されました。