時間を消さなかった宿主
220年の歴史と「のれん」を守るため、1924年の建築を蘇らせる
四国八十八ヶ所霊場の第85番札所・八栗寺の参道で、かつて茶屋として始まったその宿は、その起源を220年以上前に遡り、先祖代々がお遍路さんをもてなしてきた由緒ある宿です。1924年、当時の女性当主が初めてこの地に本格的な旅館建築を構え、以来、数え切れないほどの巡礼者がこの屋根の下で旅の疲れを癒してきました。
現当主・髙橋愼さんは七代目。しかし彼が継いだのは、栄光の歴史だけではありませんでした。長年の風雪に耐えてきた建物は老朽化が進み、「もう取り壊すしかない」という声すら上がっていたのです。それでも高橋さんは、解体という選択肢を退けました。なぜなら、この建物こそが220年の「暖簾」——目には見えないが確かに存在する信頼と実績の象徴——そのものだったからです。
1930年代 正月旅館の前に集う人々
2022年、髙橋さんは1924年当時の外観写真を手がかりに、伝統工法の職人たちと共にフルリノベーションを敢行。小豆島の工務店から集まった66歳の棟梁をはじめとするベテラン職人チームが約1年をかけ、かつての姿を現代に蘇らせました。外観は創建当時の美しさを取り戻し、内部は現代の旅人が心地よく過ごせる空間へと生まれ変わったのです。
しかし高橋さんが目指したのは、単なる「古い旅館の復元」ではありません。彼は従来の遍路宿の概念を根本から問い直し、「アート」と「知性」を軸とした新しいツーリズムの拠点として、この宿を再定義しようと取り組んでいます。空海の思想を捉え直し未来に続く宿——その独自の哲学は、世界中から知的好奇心旺盛な旅人を惹きつけています。
オーナーの想いと哲学
5代目が迎え続けた人生
この宿には、長いあいだ受け継がれてきた一つの精神があります。それは「お接待」の心。先代の女将は、約半世紀にわたり巡礼者を迎え続けてきました。
まだ遍路の道が今ほど整っていなかった頃、宿は単なる宿泊施設ではなく、旅人にとっての拠り所でした。
疲れた巡礼者を迎え、食事を用意し、静かに見送る。特別なことではありません。しかし、それを何十年も続けることは、誰にでもできることではない。先代にとって宿とは、商いである前に、人を迎える場所だったのです。
その姿勢は多くの巡礼者の記憶に残り、やがてこの宿の「暖簾」となっていきました。目には見えない信用とは、こうして育まれていくものなのでしょう。
時代が変わっても、人が旅をする理由はどこか変わらない。安心できる場所を求めること。誰かに迎えられること。
その積み重ねの上に、今のこの宿があります。私は、この精神を過去のものにしたくない。形は変わっても、人を迎えるという本質だけは、これからも受け継いでいきたいと考えています。
この宿が静かに旅人を迎え続けているのは、先代が残してくれた時間が、今もここに流れているからなのです。
かつてこの宿を訪れた巡礼者たち
なぜ守ったのか
建物とは、単なる構造物ではありません。
そう語る髙橋さんにとって、この宿は巡礼者の祈りと記憶が積み重なった場所だ。日本には「暖簾」という文化があります。それは長い年月の中で培われた信頼の象徴です。
解体すれば、建物は新しくなる。だが、時間は二度と取り戻せない。
だから私は再生を選んだのです。
伝統工法の職人たちとともに、およそ1年をかけて1924年の姿を現代に蘇らせたのである。それは単なる修復ではなく、時間を未来へ手渡すための決断でした。
1924年当時の梁を残した改修途中の空間
消えてはいけない文化がある
私が旅館を継ぐとき、最初に自分へ問いかけたことがあります。それは、この遍路宿をビジネスとして続けていくのか、それとも奉仕として守っていくのか、という問いでした。
遍路宿の中には、年金を頼りにしながら半ばボランティアのように営まれているものがあります。一泊二食で六千円台、素泊まりで四千円ほどという宿もあるほどです。
それは「お接待」という美しい精神に支えられた、尊い営みです。しかし私は、あえてこう問いかけたいのです。「その仕組みを、次の世代は引き継ぎたいと思うだろうか」と。
現実には、遍路宿は静かに姿を消しつつあります。このままでは遍路という世界でも稀有な巡礼文化を、歩いて巡ることさえ難しくなるかもしれません。
大自然の中を四十日ほどかけて歩き、自分自身と向き合う。それは本来、極めて豊かな旅のかたちです。だからこそ、この文化を未来へ残していかなければなりません。
いま世界が求めているのは「持続可能性」です。それは環境だけの話ではありません。遍路という旅をこれからも支えていくためには、遍路宿もまた持続可能でなければなりません。
善意だけでは、文化は続かない。
支える側が疲弊せず、次の世代が受け継ぎたいと思える形にすること。——利益のためだけでなく、継承のために。
この場所が現在の巡礼文化を支え、未来に向けた確かな拠点としての役割を担うため、私は事業を営んでいます。
巡礼の新しい見方
私は両親から旅館を引き継ぎましたが、宿のあり方を根本から見つめ直す必要があると感じていました。両親の時代、宿泊されるお客様のほとんどが日本人のお遍路さんでしたが、今はその多くが外国からのお客様へと移り変わってきたからです。
そこで、私は「遍路」という文化を、その本質を改めて見つめ、より広い視点で捉え直すことにしました。そこには、私が強く惹かれていた弘法大師空海という人物の探究心を掘り下げ、宿のコンセプトに昇華したいという思いが強い原動力になりました。
空海は建築もできた、土木工学もできた、そして芸術も追求した。多様な分野を横断しながら、人間の可能性を追い求めました。その実践を通じ、人は内面を変えることで世界の見え方を変えられるという思想に至ったと私は考えます。
この視点に立てば、四国八十八ヶ所の巡礼は宗教的行為にとどまりません。
アートや建築に触れ、日本の伝統技術を知り、自然の中で感覚をひらいていく。巡礼とは本来、極めて創造的な旅でもある——私はそう結論づけました。
私はこの旅館を、「アートや建築、日本の伝統産業を学び、自然を体内に取り込んでいくネイチャーアクティビティとしてのツーリズムを支援する場」というコンセプトに変革したのです。
メキシコから訪れた陶芸家のご家族は五泊され、祖谷の渓谷へ土を探しに出かけました。また、建築家の方々が世界各地から足を運んでくださいます。
彼らが求めているのは、単なる宿泊ではありません。新しい世界の見方に出会う旅なのだと、私は考えています。
改装中、梁の上から発見された約2,500枚の納札。最古のものは1804年。先代が巡礼者から受け取り、家のお守りとして吊るしていた。
「暖簾」を守る——それは空海の教えそのもの
私がなぜ大きな決断をしてリノベーションに踏み切ったか。
それは「暖簾」を未来へ継承したかったからです。
暖簾とは、単なる屋号ではありません。二百年以上にわたり巡礼者を支えてきた、目には見えない信用の積み重ねです。数字で測ることはできません。けれど確かに存在し、人の心に伝わっていくものです。
私はかつて、日本航空を退職した後、納棺商品の事業を立ち上げました。わずかな貯金を手に、全国を営業して回る日々でした。手作りの名刺とともに持参したのは、父の代に作られた旅館のパンフレットでした。そこに記された「200年にわたってお遍路宿を続けてきた」という一文が、初対面の相手との距離を一瞬で縮めてくれたのです。
「歴史とは、それだけで信頼になる」——私はその意味を、身をもって知りました。
空海もまた、「形として遺す」ことの重要性を理解していた人物だったのではないでしょうか。真理は目に見えません。だからこそ、人は時にそれを忘れてしまう。しかし、そこに確かな存在があれば、人は何度でも思い出すことができます。
私にとって1924
年の建物を再生することは、過去を再現するためではありませんでした。この場所に流れてきた時間と信頼を、未来に向けて確かに「在らせる」ための決断だったのです。継承とは、単に守ることではない。存在し続けることそのものなのだと、私は思っています。
改装中、天井裏から約二千五百枚の納札とともに見つかった江戸期の通行手形。目に見えない「暖簾」を、形として今に伝える証。
快適さの先にある価値
私たちの宿は、いわゆる現代的なホテルのような利便性を備えているわけではありません。けれど、それでも多くの方がこの場所を選んでくださいます。その理由はシンプルです。
私たちが提供しているのは、快適さだけではないからです。
日本独自の建築の中で過ごす時間。1924
年の部材を受け継ぎ、伝統工法によって再生された空間。そして宿主との対話を通じて触れる、日本の文化や歴史、思想。ここに
は、便利さとは異なる豊かさがあります。
訪れてくださるのは、ヨーロッパ、アメリカ、メキシコ、アジアなど、世界各地からの旅人たちです。建築に惹かれる方。伝統文化に関心を持つ方。自然の中で自分自身と向き合いたいと願う方。彼らは、日本に息づく「当たり前の文化」の価値を見出し、深く味わおうとします。
旅に快適さだけを求めるなら、他にも多くの選択肢があるでしょう。それでもここを選ぶのは、体験そのものに価値を感じてくださるから。豊かさとは、必ずしも便利さの中にあるとは限りません。ときにそれは、静けさの中にこそ見つかるのです。
水の国、日本
土地の記憶に触れていく旅
外国から訪れる旅人と語り合う中で、あらためて気づかされることがあります。それは、日本という国がいかに自然と共に形づくられてきたかということです。
山があり、森があり、そして清らかな水がある。日本の水はやわらかく、その流れはこの土地の文化の隅々にまで息づいています。
和食の繊細な味わい。生麺のなめらかな食感。湯に身を委ねる温泉の習慣。さらには、刃物の精緻さや焼き物の強さ、漆器に宿る静かな美しさまでも。
その背景には常に、水の存在があります。
古来、日本では山や森に神が宿ると考えられてきました。自然を征服するのではなく、共に生きるという感覚。その思想が、暮らしや産業、そして美意識を育んできたのだと思います。
遍路の道を歩くとき、人はしばしば壮大な自然の中に身を置くことになります。その体験は単なる移動ではなく、この土地の成り立ちを身体で理解していく時間でもあります。
旅人に「水」の話をすると、多くの方が静かに驚かれます。なぜこの刃物はこれほどまでに鋭いのか。なぜこの焼き物は、凛とした美しさを湛えているのか。水という視点を通して見つめると、日本の文化は一つの流れとして繋がって見えてくるのです。そして遍路とは、そうした土地の記憶に触れていく旅でもあるのだと、私は感じています。
まだ、静けさが残る場所
四国の巡礼路には、いまも余白があります。
人の流れに押されることなく、自然のリズムの中で歩くことができる。それは、現代では決して当たり前の体験ではありません。人は本来、水を求める存在なのかもしれません。森に包まれ、清らかな流れのそばを歩いていると、どこか懐かしい感覚が静かによみがえります。
私は四国八十八ヶ所の巡礼を、宇宙との関係性を取り戻す旅だと考えています。大自然の中を歩き、古い寺院の建築に触れ、地域に受け継がれてきた営みを知る。そして、ときに立ち止まり、語り合う。そこには、単なる快適さや贅沢さとは異なる、深い到達感があります。それは外へ向かう旅であると同時に、自分自身の内側へと還っていく旅でもあるのです。
四国には、まだその体験が残されています。静けさの中でしか出会えないものが、ここにはあるのです
御宿 鷹柳 が目指すもの
対話と知性が交わる場所
私は、旅館をひとつの「小さな世界」だと考えています。そこには時間が流れ、独自のリズムがあり、人が出会う。異なる文化を持つ旅人を迎える宿主は、その世界をつなぐ存在です。言うなれば、静かな「平和外交官」でしょう。
私がこの場所で提供したい価値は、二つあります。一つはインフォメーション。
旅の中で生じる小さな不安や不明点を解消し、道を整えること。美術館の予約、島への渡り方、地域の食、次の目的地への移動。適切な情報は、旅の質を大きく変えます。
もう一つはインテリジェンス。
対話を通じて生まれる知的な時間です。仏教と神道の違い、日本建築の思想、音楽や芸術の話題まで。関心に応じて語り合うことで、旅は単なる移動ではなく、思索の時間へと変わっていきます。
AI
が旅程を作り、瞬時に翻訳してくれる時代になりました。それでもなお、多くの旅人が求めているのは、生身の対話が持つ熱量なのだと感じています。この「インフォメーション」と「インテリジェンス」こそが、この宿に滞在する価値の一部です。
デジタルから離れ、感覚を取り戻す
私が目指しているのは、「デジタルから少し距離を置く旅」です。
土に触れる。風を感じる。冷たい空気に身を引き締める。そうした身体の感覚は、現代では意識しなければ失われてしまいます。自然の中を歩き、古い建物に身を置く時間は、どこか禅の実践にも似ています。それは、自分を取り巻く世界と静かに向き合う体験です。
この建物は長い年月を生きてきました。
だからこそ、季節の気配をより身近に感じることもあります。
しかしその感覚さえも、この場所が与えてくれる学びの一部なのだと思っています。
完璧な快適さを求めるなら、近代的なホテルがあるでしょう。
それでもここを訪れる方々は、別の何かを求めている。その期待に応え続けること——この場所で、あなたの旅もまた始まるのかもしれません。
巡礼者との心温まるエピソード
- 失われたサングラスが教えてくれたこと
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あるお客様が直島でブランドのサングラスを紛失されました。旅の途中のことで、諦めていらっしゃったのですが、なんと1週間後に役場に届けられていることが分かったのです。最終的にはご本人の手元に届きました。
日本では決して特別な話ではないのかもしれません。
けれど、世界を旅してきた人にとって、それは小さな奇跡のように映ることがあります。
落とし物が戻ってくる。見知らぬ誰かが、それを拾い、届ける。名前も知らない誰かの善意が、静かに次の人へと手渡されていく。この国には、そうした信頼が確かに流れています。
- 建築家たちが集まる宿
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リノベーション後、世界中から建築関係の方が泊まりに来られるようになりました。海外の建築家、日本の設計事務所の方々。ホームページやBooking.comで外観を見て、この建築を体験したいと思って来てくださる。
彼らが見ているのは、単なる古い建物ではありません。1924年の建築部材を使い、伝統工法でリノベーションされた技術。その時代の職人の知恵と、現代の職人の腕が融合した空間。建築というアートを通じて、日本の文化と技術に触れられる——それが、この宿の価値なのです。